【インド生活情報】サリーの洗い方がわからない… そんなときは、クリーニング屋さんにおまかせ!

ナマスカーラム♪南インド・ケララ州のYlem Infotechでインターンシップ中の加藤千晶です。 インドの伝統衣装であるサリー。インドに来てから何枚か買いました。9月のオーナムのときに着たサリーの洗い方がわからず困っていました。パナソニックが刺繍や飾りのついたサリーも洗える全自動洗濯機を発売してインド家庭に大好評というニュースが話題になりましたが、残念なことに私の住むホステルにはパナソニックの洗濯機はありません。部屋に2ヶ月間放置(!!)したサリーを、家の近所にあるドライクリーニング屋さんに預けてきました! 代金は、コットンのサリー1枚がRs.70, シルクサリーが1枚Rs.60!ただし、出来上がりは預けてから2週間と、すこし時間がかかります。このとき預けたのはコットンのサリーと、シルクのサリーを1枚ずつ、計2枚。2週間後、控えをもって受け取りにいきました。よくみたら事前に言われた値段と料金がちがいます(笑)まあいいか。インドだし!店内にはお迎えを待っている服の包みとサリーがずらり。できあがったサリーはのりがきいていてパーフェクトです。ちゃんと仕上がるのかな〜?ほんとうに今日仕上がっているのかな〜?と少し不安でしたが大丈夫でした!持ち帰るときはおばあちゃんが丁寧に紙にくるんでくれます。「Nice Sari」といわれました。手提げ袋等は用意されていないので自分でもっていったほうがいいです。お代の150ルピーは受け取ったときに支払います! サリーだけでなく、家で洗えないものなら何でも受け付けてくれそうです!日本のクリーニング屋さんにサリーを持って行った場合は、受け付けてくれるのでしょうか?サリーの洗い方に困ったらぜひインドのクリーニング屋さんを利用してみてください!

私の休日!in デリー!!

南インド・ケララ州のYlem Infotechでインターンシップ中の田中誠です。   先週末、デリーに行ってきました!ずっと前から計画していたのです!しかし電車を使って行ったので、あんまり見て回れませんでした。デリーに着いたのが朝の8時半ごろ。そして直接ホテルにいって、休憩しました。高かったけど、インターネットも通っているし、きれいで快適なホテルでした。朝ごはんを食べた後、計画していた場所へ向かうことにしました!自分の行きたいところを見て回りたいので、パッケージツアーでなく、自分で回ることにしました。Hop-On, Hop-Off busと呼ばれているHOHOバスをとりました。ピンク色をしているバスで、インドでは結構有名です。DTTDCが提供しており、設備も充実しています。気に入りました!値段もリーズナブルで、デリーの観光名所を回るには十分で、2日間利用する価値はあったと思います。シャージャハーンの赤い城として有名なラール・キラー、フマーユーンの時代パーアーナ・キーラ、フマーユーン廟など、世界遺産に登録されている建築物を見て回りました。ロータス・テンプルにも行きました!概観がすごくきれいで、神聖な空気につつまれていました。世界遺産に登録されているクトゥブ・ミナールにもいきました!しかし、、せっかく行ったのに閉まっていました。。でも、デリーを回っている間はおいしい食べ物にたくさん出会いました。アルーチャットと言われているじゃがいものインド料理や、バターチキンカレー、チキンティッカ、チョーレー・バトゥーレー、クルフィ、クリームチキン、アールティカなど!辛いけどおいしかったです! 2日後、トリバンドラムに帰ってきました。とっても有意義なお休みをいただきました。デリーに行けて、インドの歴史を感じることができてよかったです! ありがとうございました!

インド ケララ州で子供達と共にボランティア・インターンシップ!

インド ケララ州 Divine children’s Homeで住み込みボランティアに参加中の森本葵です! 私が実際に行なったボランティアの内容についてご紹介します!子供達が学校へ行っている間は、掃除、食事、またその他頼まれたことなどを行いました。食事の用意ではジャガイモのカットや、豆剥きなど料理に大量に必要な食材を調理する手伝いを行いました。豆剥きは見た目によらず、かなり大変でとても根気のいる作業でした。指も痛くなるぐらいの量。25~30人いる生徒用の量です。料理の大変さが身にしみました。日本でしてきたように他の野菜のカットも手伝いました。 子供達が帰ってくると、一緒に勉強を行いました。教科書とノートを広げて、皆真剣に勉強を始めます。大きな子は小さな子に教える。時には怒りながら。大人数のワイワイしながらの勉強も楽しそうでした。 そんな勉強の中、びっくりしたことがあります。それは何かと言うと、彼らの教科書の中に日本の事が載っていた事です。もちろん彼らの言葉で書かれていたのですが、広島と長崎の原爆について書かれていました。彼らは仕切りに、広島!広島!長崎!と連呼していましたが爆弾怖い!とも言っていた事からその恐ろしさも理解していたのでしょう。日本の原爆の事件、歴史の大きさをインドで目にすることでみにしみました。 ただ、そんな中面白いお話しがあります。それは、その広島の原爆の中に佐々木さだこさんが織ったツルの笑顔書かれていたのですが、なんと彼らはそのツルの事を佐々木!さだこ!と覚えていました。その後も何度も折り紙でツルを織ってくれとせがむ時にササキ!サダコ!と叫んでいました。みんな、違うよ。それはただのツルだよ。言葉や歴史の伝達ってどこかで歯車が微かにズレるだけでだいぶ代わったものになりますね。正確に伝えるの難しい。。。